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北海道空襲キタ━━━(;゚Д゚)━━━!!! [航空鉄道事業局]

今回は昭和20(1945)年7月14日から15日にかけて行われた「北海道空襲」をご紹介させて頂きます。

 

ゥ ウ   ウ━━━━━━━━━━━━━━━

  ∧_∧
 ( ・∀・) ん? なんの音? ドキドキ
 ( ∪ ∪   お昼の合図の音? ワクワク
 と__)_)   お昼ごはんマダー

空襲警報発令キタ━━━(;゚∀゚)━━━!!! 

3000機以上の艦載機キタ━━━(;゚Д゚)━━━!!!

北海道大空襲キタ━━━(;゚Д゚)━━━!!!

一般市民を無差別攻撃キタ━━━(;Д;)━━━!!!

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鬼畜米英許さんぞ!って、言ってみる。w  (´・ω・`)

  ∧_∧
 ( ・∀・) 昔話? おはなし、な~に? ワクワク
 ( ∪ ∪   太平洋戦争のおはなし? ドキドキ
 と__)_)    大東亜共栄圏? ワクワク

||||||    ∧_∧  
||||     ( ;・Д・) アメリカ軍の艦載機3000機??? ビックリ
||      ( ∪ ∪    北海道主要都市に無差別攻撃???
       と__)_)    なんだって~~~???

     ┌─┐  ┌─┐
     ││  │
     └─┤  └─┤
      _  ∩   _ ∩  神国日本! 神国日本!
    ( ゚∀゚)彡 ( ゚∀゚)彡  抜刀隊! 抜刀隊!
 ┌─┬⊂彡┌─┬⊂彡
 ||    |
 └─┘    └─┘ 

        
    _   ∩
  ( ゚∀゚)彡 いいから早く、空襲の詳細! 空襲の詳細!
  (⊂彡   はなしは、それから! それから!
   |   |
   し ⌒J

 

語りつぐ北海道空襲

語りつぐ北海道空襲

  • 作者: 菊地 慶一
  • 出版社/メーカー: 北海道新聞社
  • 発売日: 2007/08
  • メディア: 単行本

 

63年前、

太平洋戦争終戦のちょうど一か月前、

昭和20(1945)年7月14日(土)から15日(日)

3000機以上のアメリカ海軍艦載機が

北海道各地を手当たりしだいに空襲

非戦闘員である一般市民を無差別攻撃

北海道民の死者2000名以上

リメンバーホッカイドウクウシュウ

北海道大空襲

☆ 

太平洋戦争末期、日本は自国周辺の制海権および制空権を失い、アメリカ海軍艦艇の日本列島沿岸部への展開を許してしまうという状態となっていました。

アメリカ海軍第38任務部隊は、昭和20(1945)年7月14日までに、下北半島沖90~180kmの洋上にあり、北海道南部の渡島半島沖から登別市幌別沖約30kmの洋上へと展開しました。

7月14日と15日の両日、正規空母7隻と重巡洋艦を改造した特設空母6隻の計13隻の空母から、1隻平均150機のグラマンなどの艦上機を発進させ、のべ3000機以上の艦載機が、津軽海峡及び北海道の主要都市を空襲する為に発進させました。

艦載機出撃当日の北海道地方の天候は雲がかかり視界が悪い状況でありました。

ほとんどの艦載機は本来の攻撃目標に到達することができず、目標確認が容易な沿岸部の都市以外は、各機独自の判断で手当たり次第に無差別攻撃を実施しました。 

これら目標を見失った艦載機による攻撃は、戦略上攻撃の必要のない農村部も多く含まれていました。

この艦載機による攻撃により、北海道各地では非戦闘員である一般市民を中心に2000人を超える死者と、1000人を超える負傷者など、多くの被害を出しました。

☆ 

空襲を受けた主な市町村や地点など

攻撃されたのは、留萌市以南の主要都市が中心で、大きな被害を受けたのは根室、釧路、室蘭、函館でした。

道央・道南

札幌、石狩、石狩湾、厚田、浜益、江別、大麻、島松、千歳、小樽、余市、積丹、古平、神恵内、共和、岩内、寿都、弁慶岬

函館、津軽海峡、青函連絡船、鹿部、南茅部、椴法華、戸井、木古内、知内、福島、松前、上磯、砂原、森、長万部、内浦湾

室蘭、伊達、登別、白老、苫小牧、鵡川、厚真、追分、門別、新冠、静内、浦河、様似、えりも、襟裳岬

岩見沢、由仁、深川、妹背牛

道東・道北

釧路、釧路町、白糠、音別、厚岸、浜中、阿寒、標茶

根室、根室湾、中標津、標津、別海 

帯広、更別、音更、幕別、士幌、大樹、広尾、池田、本別、浦幌、豊頃

網走、小清水、清里、斜里

旭川、鷹栖、富良野、美瑛、下富良野、上富良野、士別、比布

留萌、増毛

☆ 

主な攻撃対象 

アメリカ軍は全道各地を道東・道北、道央・道南、津軽海峡・本州北部の3つのブロックに分けて、2日間で計8回にわたる攻撃を実施しました。

千島列島から北海道にかけての軍事施設、工場、飛行場、港湾を中心に、各地の主要都市に対して爆撃及び機銃掃射を行いました。

これらには、船舶も攻撃対象となっており、北海道と本州を結ぶ航路の船舶に対しても攻撃が行われ、多くの船が被害を受けました。 

青函航路も、全連絡船12隻が被害(8隻沈没、2隻大破炎上、2隻航行不能、352人死亡)を受け、壊滅状態となりました。 

アメリカ軍はこの空襲で、千歳飛行場と札幌市中心部に対しては、日本占領後の利用を見据え、大きな攻撃を行いませんでした。 

☆ 

アメリカ海軍第38任務部隊

1945(昭和20)年5月に第38任務部隊は編成されました。 

第38任務部隊は、ヨークタウン、レキシントン、ランドルフ、バターン、インディペンデンスなどの空母をはじめ、101隻の艦艇と、グラマンF6Fなど868機の航空機からなる、空母群を中心とする機動部隊でした。

日本列島周辺の制海権および制空権は、もはやアメリカ軍の手の中にあり、グアムやサイパン、硫黄島からB29を発進させる必要がなくなっていました。

アメリカ軍の本州各地への空襲の主力はB29でしたが、北海道の空襲は第38任務部隊の艦載機が中心となり攻撃を行いました。

 

室蘭艦砲射撃 

昭和20(1945)年7月15日、アメリカ海軍艦艇が軍需工場の多い室蘭市一帯に艦砲射撃を行いました。

この艦砲射撃により485人(うち市民439人)の死傷者が出ました。 

室蘭市は、新日本製鐵室蘭製鐵所、日本製鋼所室蘭製作所(当時は高射砲等の兵器を製造)の工場が建ち並ぶ重工業の町でああったことから、戦略上重要な攻撃目標となってしまいました。

アイオワ、ミズーリなど複数の大型戦艦や、巡洋艦、駆逐艦など、計14隻の艦艇が、室蘭市の南東方向の太平洋上から遠距離射撃を行いました。

室蘭港口方向に向けて設置されていた、室蘭臨時要塞は無力に終ってしまいました。

室蘭市には1000発以上の砲弾が、工場や住宅地に雨あられのように着弾し、市内が壊滅状態となる甚大な被害が生じました。

フォト・ジャーナリストの吉田ルイ子さんは、父親が日本製鋼所室蘭製作所の幹部社員であったため、室蘭で生まれ育ったそうです。戦局が厳しくなり本土攻撃が激しくなってきた小学校3年生の時に、父親の故郷の福島県いわき市へ母親と疎開しました。終戦後は父親が転勤となり東京へ引越したそうです。

北海道空襲からアメリカ軍北海道占領主力部隊上陸までの流れ

昭和20年6月26日・27日・29日の3日間、アメリカ空軍爆撃機B29が北海道を偵察飛行 

昭和20年6月26日、アメリカ空軍爆撃機B29が室蘭・函館方面を偵察飛行

昭和20年6月27日、アメリカ空軍爆撃機B29が道南一帯を偵察飛行

昭和20年6月29日、アメリカ空軍爆撃機B29が千歳を偵察飛行

昭和20年7月14日未明~15日夕刻アメリカ海軍機動部隊が北海道を空襲、艦砲射撃

昭和20年7月14日、アメリカ海軍艦載機約300機とアメリカ空軍爆撃機B29・20機が、釧路、根室、室蘭、苫小牧、小樽、函館方面を中心に空襲し、帯広、根室、八雲、丘珠の飛行場を攻撃

昭和20年7月14日、米軍機カーチスSB2-Cヘルダイバー艦上爆撃機が、濃霧の為に飛行を誤り樽前山に墜落し、生き残りの搭乗員ラスムッセンが樽前山麓に潜伏したが、68日後発見され進駐軍に救出されました。

昭和20年7月15日、アメリカ海軍艦載機約480機が釧路、本別、根室、函館方面を中心に空襲し、函館港では青函連絡船11隻が沈没。室蘭では戦艦「ミズーリー」の他15隻の艦砲射撃を受け大きな被害を出しました。

両日の空襲では日本軍の激しい対空砲火によって、米軍機6機を撃墜しました。

しかし、海軍の千歳飛行場からは1機の迎撃機も出撃しませんでした。

昭和20年7月末、アメリカ海軍潜水艦が登別、様似、苫小牧沖に対し艦砲射撃を行いました。

昭和20年8月15日、日本が無条件降伏。その後まもなく、千歳飛行場にアメリカ軍機が飛来して来ました。

昭和20年10月4日、アメリカ陸軍第8軍第9軍団77師団の一部が函館に上陸。

昭和20年10月5日、小樽港から8000名の人員と1000台の車両による北海道占領主力部隊が上陸開始。

北海道占領主力部隊は北海道拓殖銀行本店に司令部を設置。

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パパ、ママ、空襲のおはなし聞かせて。

父の回想録

私の父親は昭和ヒトケタ生まれで、戦争に間に合ってしまった最後の世代です。

昭和20年終戦の年、10代であった父は逓信省に採用され、ある通信施設において技官として勤務しておりました。

戦局が苦しかったこの時期、旧制中学の同級生の中には予科練に進み、既に南方の戦場へ行った人達もいたようです。

父も、もうちょっと年齢が上であったならば、当然南方へ派遣されていたかもしれません。

北海道空襲のあった昭和20(1945)年7月14日(土)、父は航空機用のラジオ・ビーコンなどを受け持つ、逓信省の通信施設に勤務しておりました。

太平洋沿岸に位置するその通信施設は、昭和12年に就航した東京と旧札幌飛行場(札幌市北区)を結ぶ定期航空路の航空機を誘導するラジオ・ビーコンを担当する施設でした。

戦時中は、通信機器や送受信アンテナなど電気通信設備が整っていた為、アメリカ軍の通信ならびにVOAボイス・オブ・アメリカ(アメリカの声)の傍受や、VOA日本向け中波放送に対する妨害電波発信、陸軍の航空機の対空通信なども担当していたようです。

       / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
       | 敵機が来ても、当番だから離れるわけにはいかないお
       \_____  ________________
                ∨          タイムマシンガアッタナラ、イイニイキタイ
                         / ̄ ̄ \  アマリムリシナイデ
      /\         /  ̄ ̄\   |_____|     / ̄\
     /| ̄ ̄|\   |_____| ∩(・Д・ ;||┘  | ̄ ̄| ̄ ̄|
   / ̄ ̄| ̄ ̄| ̄|  (`・ω・´||┘ \   ⊂ )| ̄| ̄ ̄| ̄ ̄| ̄ ̄|
   / ̄ ̄| ̄ ̄| ̄ ̄| ̄|( つ  O    | ̄ ̄| ̄ ̄| ̄ ̄| ̄ ̄| ̄ ̄| ̄
  / ̄| ̄ ̄| ̄ ̄| ̄ ̄| ̄| ⌒\⌒\ / ̄ ̄| ̄ ̄| ̄ ̄| ̄ ̄| ̄ ̄| ̄ ̄
 / ̄ ̄| ̄ ̄| ̄ ̄| ̄ ̄| ̄] \_)_)| ̄| ̄ ̄| ̄ ̄| ̄ ̄| ̄ ̄| ̄ ̄|
 

というわけで、本題に行きましょうか。 (´・ω・`)

昭和20(1945)年7月14日(土)当日、父は当番の勤務員だったそうです。

もうその頃は、アメリカ海軍艦艇が沖合いに来ていることは、アメリカ軍の通信の傍受や、謀略放送であるVOAボイス・オブ・アメリカ傍受により、ほぼ正確な戦況が分かっていたそうなので、艦載機による空襲はもはや時間の問題であると覚悟していたそうです。

当日は、当番の勤務員以外の人間も無線局舎に集まっていたそうです。当番の勤務員は規則により、鉄兜(鉄製ヘルメット)を被っておりましたが、非番の人は鉄兜を被っておりませんでした。

そうこうしているうちに、午前9時、アメリカ海軍艦載機による空襲が開始されました。

現代の航空戦でもそうですが、一番最初に叩かれるのは通信施設です。

ここの施設と勤務員は、一番最初の攻撃目標です。しかも、当番日でした。 (´・ω・`) 

もちろん、軍事基地ではありませんので、武器などは無く反撃することができません。

広大な敷地に立つ5本の高さ50mの支線柱アンテナの間を、何機もの艦載機がサーカスのように上手にすり抜けて、何度も機銃掃射を行いながら襲ってきます。

(((((;゚Д゚))))) ガクガクブルブル

無線局舎に集合していた非番の職員達は、一斉に外にある防空壕へ走ります。 

当番の勤務員である父は、持ち場を離れるわけには行きません。 (´・ω・`)

艦載機は外に出て逃げ惑う人達を、追いかけるように、一斉に機銃掃射を行います。

その時ばかりは、一瞬だけ無線局舎に対する攻撃は止んでいたそうです。

ところが、未曾有の攻撃によって行き場所が無くなった職員が一人、無線局舎に戻ってきました。

艦載機のパイロットはそれを見逃しませんでした。

再び、無線局舎に対する徹底的な一斉攻撃が始まりました。

(((((;゚Д゚))))) ガクガクブルブル

もうね。生きた心地がしなかったそうです。 (´・ω・`)

父は狭い隙間のような場所に身を伏せて難を逃れていたそうですが、鉄兜には機銃弾そのものか破片かわかりませんが、弾が当たったといいます。

無線局舎の中はそこら中、機銃弾が刺さっていたそうです。

ここの無線局舎は木造でしたが幸い火の気が無かったため、火災は起こらなかったそうですが、燃料などを保管していた資材小屋はドラム缶を打ち抜かれ火災が起こったそうです。

艦載機による空襲も終了し、その後火災を鎮火させることができたのは、ちょうどお昼頃だったそうです。

5本立っていた高さ50mの支線柱アンテナは無事でした。後日、アンテナは高さの低いものに立替えられたそうです。 

ここの施設では、けが人はおりましたが、幸いにも死亡者はおりませんでした。

この日この市では、数十機の艦載機によって空襲が行われました。街の東にあるこの通信施設や、市の中心部、二か所の製紙工場、街の西にある測候所など、特に軍事関係の場所が狙われたそうです。

翌15日(日)にも午前6時から、この市に対する空襲は行われました。18機が約1時間半に亘って機銃掃射を行いました。この市に対する2日間にわたる空襲の死者は4名と記録されています。

15日(日)午後には、樺太から帯広に向け飛行していた陸軍攻撃機が郊外の原野に墜落し、乗員7名中6名が死亡致しました。目的地から遠く離れた謎の飛行ルートや墜落原因は不明ですが、艦載機の攻撃によって撃墜されたのではないかといわれております。

数日後、墜落現場へ見に行ったそうですが、すでに片付けられていたそうです。後日分かったことですが、乗員の中に知り合いの知り合いがいたそうです。

尚、近くにある海軍の飛行場は、2日間の北海道空襲では、ほぼ無傷だったようです。というのは、アメリカ軍は占領後に利用しようと考えていた建物や飛行場に対しては、あまり攻撃を行わなかったのだそうです。

ここの飛行場に配備されている航空機は、空襲のたびに被害にあわないように、逃げたり隠していたそうです。首都圏とは違い、もはや迎撃する余力は残っていなかったのと、敵の上陸作戦を叩くために温存していたのでしょう。

戦後、進駐軍は重要拠点であるその飛行場にも入り、一時期父はそこで進駐軍の将兵とともに勤務していたそうです。

進駐軍はジョンソン(入間)基地との交信などを、盛んに行っていたそうです。

そういえば、最近エアフォース・ワンがその飛行場に飛来して来たようですね。

それから、父が勤務していた通信施設があった場所ですが、現在は港湾開発のために掘り下げられて、港の底になっているそうです。

(一応市の名称はふせておきます。) 

母の回想録

私の母親は昭和フタケタ生まれで、戦時中母は小学校の低学年でした。

ある官庁に勤務していた祖父は、外地行きを志願して、家族が引き止めるのを聞かず、その官庁からシナ(中国)の華北、華中へ軍属として派遣されて行きました。残された家族は官舎で祖父が帰ってくるのを待ちました。ところが、敗戦と同時に連合軍の捕虜となり、すぐには帰って来れませんでした。

母が住んでいたのは、石炭で有名な道央の地方都市でした。そこの官舎は市の中心から離れており、艦載機は上空を通過して行くだけでした。母は防空壕の中で、恐くて震えていたそうです。

(((((;゚Д゚))))) ガクガクブルブル

思い出すと今でも恐ろしいと言います。

(一応市の名称はふせておきます。) 

 

北海道立図書館☆北方資料室 ミニ展示 

北海道で空襲があった =昭和20年7月のこと= 

展示期間:平成20年7月15日(火)~8月31日(日) 

北方資料室所蔵の資料から【空襲】の記録をご紹介します。 

 

つべ

YouTube - B-29 P-51本土空襲 【9:49】 http://jp.youtube.com/watch?v=T1UR0pB51wI&feature=related 

アメリカ軍宣伝用のフィルム。もうね、見ていて腹が立ちます。無差別攻撃イクナイ。お時間のある方は最後まで見てみて下さい。プンプン。

YouTube - Attack on Japan in The Pacific War 本土空襲 【1:05】 http://jp.youtube.com/watch?v=BfJw6qlFGbg&feature=related

うおー!どんだけ~~~!

  

日本本土への主な空襲一覧

1942年 

1942年4月18日 東京に対して初の空襲、ドーリットル空襲 

1944年

6月15日、八幡空襲
10月10日、十・十空襲 沖縄県全域に対しての空襲、那覇空襲
10月25日、大村大空襲
11月21日、熊本初空襲
12月13日、名古屋空襲

1945年1月~3月 

1月3日、神戸空襲
1月9日、大阪空襲
1月16日、京都空襲

2月15日、東京空襲、米空母機動部隊艦載機による本土初空襲、関東の軍需工場が標的 

3月10日、東京大空襲   (´・ω・`)
3月12日、名古屋大空襲
3月13日、大阪大空襲
3月17日、神戸大空襲
3月18日朝、大分空襲
3月19日、名古屋空襲
3月19日、京都空襲
3月19日、アメリカ軍機動部隊、室戸岬沖80キロの近海に来襲、呉軍港空襲、航空母艦3巡洋艦2敷設艦2が大破沈没
3月27日、小倉大空襲
3月日付不詳、鹿児島初空襲

1945年4月 

4月8日、玉野空襲
4月13日、東京空襲、城北大空襲、主として豊島・渋谷・向島・深川方面
4月15日、東京空襲、主として大森・荏原方面
4月15日、川崎空襲
4月16日、京都空襲
4月日付不詳、鹿児島空襲 

1945年5月

5月10日、徳山空襲
5月11日、神戸空襲
5月11日、京都御所へ空襲
5月14日、名古屋城が焼失
5月24日、東京空襲、主として麹町・麻布・牛込・本郷方面。
5月25日、東京空襲、主として中野・四谷・牛込・麹町・赤坂・世田谷方面5月29日 横浜大空襲
5月31日、台北大空襲 

1945年6月

6月1日、大阪空襲
6月5日、神戸空襲
6月7日、大阪空襲
6月9日、名古屋・熱田空襲 
6月10日、日立空襲
6月10日、千葉空襲
6月15日、大阪空襲
6月17日、鹿児島大空襲
6月18日、浜松空襲
6月18日、四日市空襲
6月19日、福岡大空襲
6月19-20日、静岡大空襲
6月19-20日、豊橋空襲
6月21日、名古屋空襲
6月22日、水島空襲(現倉敷市)
6月22日、呉空襲
6月26日、京都空襲
6月26日、大阪空襲
6月28日、呉大空襲
6月29日、佐世保大空襲
6月29日、岡山空襲 

1945年7月

7月1日、熊本大空襲
7月1日-2日、呉市空襲
7月2日、下関空襲
7月4日、高松空襲
7月6日、千葉空襲
7月6日、甲府空襲
7月9日、和歌山大空襲
7月9日、堺空襲
7月9日、岐阜空襲
7月10日、仙台空襲
7月12日、宇都宮大空襲
7月12日、敦賀空襲
7月14日、釜石艦砲射撃
7月14-15日、北海道空襲 (´・ω・`)
7月15日、室蘭艦砲射撃 (´・ω・`)
7月16-17日、大分空襲
7月16日、平塚大空襲
7月17日、沼津空襲
7月17日、桑名空襲
7月17日、日立艦砲射撃
7月18日、野島崎(千葉県白浜)艦砲射撃
7月19日、福井空襲
7月19日、日立空襲
7月19日、銚子空襲
7月24日、28日 津大空襲
7月24日、大阪空襲
7月24日、28日、呉軍港空襲、航空母艦3 巡洋艦5が大破沈没
7月25日、保戸島空襲(大分県津久見市)
7月25日、串本艦砲射撃
7月26日、平空襲
7月26日、徳山空襲
7月28日、青森大空襲、青函連絡船第2青函丸、第3青函丸、第6青函丸、翔鳳丸、飛鸞丸が航行中撃沈
7月29日、浜松艦砲射撃
7月31日、清水艦砲射撃 

1945年8月

8月1日、水戸空襲
8月1日、八王子空襲
8月1日、長岡空襲
8月2日、富山大空襲
8月5日、前橋・高崎空襲
8月6日、広島原爆   (´・ω・`)
8月7日、豊川海軍工廠空襲
8月8日、福山大空襲
8月9日、長崎原爆   (´・ω・`)
8月9日、大湊空襲敷設艦常磐など大破
8月9日、釜石艦砲射撃2回目
8月10日、花巻空襲、熊本空襲
8月11日、久留米空襲
8月14日、大阪空襲
8月14日、熊谷空襲
8月14日、岩国大空襲、この空襲の帰りに光も空襲
8月14日、山口県光市、光海軍工廠空襲
8月14-15日、小田原空襲 
8月14-15日、秋田・土崎空襲、最後の空襲 

8月15日、終戦   (´;ω;`)

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  • 発売日: 2008/05
  • メディア: 大型本

ビジュアルブック語り伝える空襲 第2巻 (2)

ビジュアルブック語り伝える空襲 第2巻 (2)

  • 作者: 安斎 育郎
  • 出版社/メーカー: 新日本出版社
  • 発売日: 2008/05
  • メディア: 大型本

☆ 

ビジュアルブック語り伝える空襲 第3巻 (3)

ビジュアルブック語り伝える空襲 第3巻 (3)

  • 作者: 安斎 育郎
  • 出版社/メーカー: 新日本出版社
  • 発売日: 2008/06
  • メディア: 単行本

逃げまどう市民たち ビジュアルブック語り伝える空襲 4

逃げまどう市民たち ビジュアルブック語り伝える空襲 4

  • 作者: 安斎 育郎
  • 出版社/メーカー: 新日本出版社
  • 発売日: 2008/07/30
  • メディア: 大型本

図説 アメリカ軍の日本焦土作戦―太平洋戦争の戦場 (ふくろうの本)

図説 アメリカ軍の日本焦土作戦―太平洋戦争の戦場 (ふくろうの本)

  • 作者: 太平洋戦争研究会
  • 出版社/メーカー: 河出書房新社
  • 発売日: 2003/03
  • メディア: 単行本

日本大空襲―日本列島を焼き尽くした米軍の無差別爆撃 (別冊歴史読本 60)

日本大空襲―日本列島を焼き尽くした米軍の無差別爆撃 (別冊歴史読本 60)

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 新人物往来社
  • 発売日: 2007/02
  • メディア: 単行本

☆ 

 

米軍が記録した日本空襲

米軍が記録した日本空襲

  • 作者: 平塚 柾緒
  • 出版社/メーカー: 草思社
  • 発売日: 1995/06
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

新装版 アメリカの日本空襲にモラルはあったか―戦略爆撃の道義的問題

新装版 アメリカの日本空襲にモラルはあったか―戦略爆撃の道義的問題

  • 作者: ロナルド シェイファー
  • 出版社/メーカー: 草思社
  • 発売日: 2007/06/01
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

アメリカの日本空襲にモラルはあったか―戦略爆撃の道義的問題

アメリカの日本空襲にモラルはあったか―戦略爆撃の道義的問題

  • 作者: ロナルド シェイファー
  • 出版社/メーカー: 草思社
  • 発売日: 1996/04
  • メディア: 単行本

日本の古都はなぜ空襲を免れたか (朝日文庫)

日本の古都はなぜ空襲を免れたか (朝日文庫)

  • 作者: 吉田 守男
  • 出版社/メーカー: 朝日新聞社
  • 発売日: 2002/07
  • メディア: 文庫

本土空襲を阻止せよ!―従軍記者が見た知られざるB29撃滅戦

本土空襲を阻止せよ!―従軍記者が見た知られざるB29撃滅戦

  • 作者: 益井 康一
  • 出版社/メーカー: 光人社
  • 発売日: 2007/09
  • メディア: 単行本

夜間戦闘機月光 (世界の傑作機 NO. 57)

夜間戦闘機月光 (世界の傑作機 NO. 57)

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 文林堂
  • 発売日: 1996/01
  • メディア: ムック

中島夜間戦闘機月光11型後期型 (モデラーズ・アイ)

中島夜間戦闘機月光11型後期型 (モデラーズ・アイ)

  • 作者: 黒須 吉人
  • 出版社/メーカー: 大日本絵画
  • 発売日: 2001/05
  • メディア: 大型本

1/700 米海軍レキシントン級 航空母艦 CV-2 レキシントン 1942

1/700 米海軍レキシントン級 航空母艦 CV-2 レキシントン 1942

  • 出版社/メーカー: ピットロード
  • メディア: おもちゃ&ホビー

バトルフロント~日・米・英、太平洋の決戦~Vol.4 日本大空襲

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  • 出版社/メーカー: コロムビアミュージックエンタテインメント
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ツェッペリン号がキタ━━━(゚∀゚)━━━!!!

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moonrabbit

不発弾でましたねぇ~。
自分の父親も機銃の間隔が30cmぐらいで・・とか話していたので
当時の色々な話や実物を見聞きしていたと思います。
それにしても今も昔も無差別攻撃をよくやる国ですね(--;
by moonrabbit (2008-08-02 07:30) 

SWEET16

私の亡父も昭和一桁生まれで、神戸在住でした。学徒動員で川西航空機(紫電改や二式大艇で有名)で勤務中、やはり艦載機の機銃掃射を受けた経験を持っています。幸運にも無事でしたが、そこここにブローニングの12.7mm機銃弾が突き刺さっていたとのこと。また、神戸という土地柄、B29による空襲も激しく、鳴尾から迎撃に上がる雷電を見たそうです。
北海道空襲のこの時期は日本陸海軍とも戦闘機部隊は相当に消耗していましたし、残存戦力も8月末〜9月と予想していた連合軍の本土上陸作戦への対抗戦力として温存策が取られていました。
なのでこの時期、日本各地へ艦載機による空襲が行われていましたが、ほぼ無抵抗状態で日本を蹂躙できました。
開戦当初の数十倍にも膨れあがった米海軍の機動部隊。やるべき戦争では無かったのでしょうが、こういうニュースフィルムを見ると、この国の本当の気性が見えてきます。
by SWEET16 (2008-08-02 11:34) 

のり君

愛知県名古屋市では、三菱重工、中島飛行機、愛知時計などの工場が集中しており、主要都市の中で最も多くの空襲を受けました。
犠牲者の多くは、その工場などで働いていた一般市民でした。
アメリカ人は、自分たちがやって来た事を正当化しようとしていますが、無防備な市民に向けての銃撃、無差別爆撃は、組織的な大量殺戮ではないのでしょうか?もちろん原子爆弾も然りです。
軍国主義、侵略戦争、当時の大本営が犯した罪は罪として、もちろん償わなければなりません。
しかし、当時のアメリカ軍が犯した「罪。」も忘れてはならないと思います。
日本人として…





by のり君 (2008-08-02 17:12) 

せつこ

動画スゴイね、愚かな戦いしないで済むと良いですね。
by せつこ (2008-08-02 22:54) 

モッズパンツ

>>moonrabbitさん
niceとコメントどうもありがとうございます!
釧路の不発弾は、おそらく北海道空襲の時に投下された物なのでしょうね。怖いですよねー。不発弾が発見されるたびに、戦争はまだ終っていないんじゃないかと思ってしまいます。w (;^ω^)b
本当に絨毯爆撃とか徹底的にやるのが好きですよね。誤爆とか、一般市民に対する攻撃はやめて欲しいですよね。 (´∀`)ノ

(^ー^)ノシ
by モッズパンツ (2008-08-03 14:57) 

モッズパンツ

>>SWEET16さん
niceとコメントどうもありがとうございます!
SWEET16さんのお父さんも昭和一桁でしたか。w ( ・∀・)人(´∀` )ナカーマ
ヤパーリ航空機などの軍需工場は、猛烈な空爆が行われたのでしょうね。父も学徒動員で飛行場などに行っていたようです。 (^ω^)b 
父達の戦争体験を次の世代にも伝えて行きたいですね。戦争の愚かさや、命の大切さを実感しますよね。SWEET16さんは本当にお詳しいですね。w (´∀`)ノ

(^ー^)ノシ
by モッズパンツ (2008-08-03 14:59) 

モッズパンツ

>>のり君さん
niceとコメントどうもありがとうございます!
のり君さんも本当にお詳しいですねー。全国的に軍需工場は徹底的な空爆によって、大変な被害を受けたようですね。 (^ω^)b 
そうですよね。非戦闘員である一般市民に対する攻撃は、人道的に絶対に許されませんよね。更に、地球的な環境被害を起こす兵器などは、もってのほかですよね。 (´∀`)ノ

(^ー^)ノシ
by モッズパンツ (2008-08-03 15:01) 

モッズパンツ

>>せつこさん
niceとコメントどうもありがとうございます!
映像をご覧になられましたか。本当に酷いというか、ここまでヤルかという感じで、本当に驚きですよね。 (^ω^)b 
戦争の愚かさや命の大切さを、次の世代にも伝えて行かなければいけませんね。 (´∀`)ノ

(^ー^)ノシ
by モッズパンツ (2008-08-03 15:03) 

北海道大好き人間

うちの街は、疎開先になる程の田舎でした。そこで、敵に気付かれない様に飛行機の工場があったのですが、終戦間際に空襲に遭い、12名の方が亡くなっています。跡地には殉難碑が建ち、毎年、空襲があった日には慰霊祭や展示が行われます。

>鉄兜には機銃弾そのものか破片かわかりませんが、玉が当たったといいます。
「玉」ではなくて「弾」ですね(銃弾とか焼夷弾ですから。玉はパチンコ玉)。

by 北海道大好き人間 (2008-08-03 19:09) 

モッズパンツ

>>北海道大好き人間さん
さっそくのコメントどうもありがとうございます!
なるほど、秘密工場ですね。当時はいろんなところで飛行機を作っていたようですね。江別の王子製紙では木製の戦闘機を作っていたそうです。 (^ω^)b 
その通りです。正確には銃弾そのものか、銃弾の破片、もしくは破壊された物の破片なので、銃弾とは限らないという意味で、玉にしておいたのですが、ご指摘がありましたので、弾に変更させて頂きますね。w (´∀`)ノ

(^ー^)ノシ
by モッズパンツ (2008-08-03 22:21) 

モッズパンツ

>>xml_xslさん
niceどうもありがとうございます!

(^ー^)ノシ

by モッズパンツ (2008-08-03 23:51) 

旅爺さん

B29の大群が来て防空壕から眺めたのが思い出されます。
アメリカ軍の武力に叶うものは無いですね。
by 旅爺さん (2008-08-04 07:30) 

北海道大好き人間

>正確には銃弾そのものか、銃弾の破片、もしくは破壊された物の破片なので、銃弾とは限らないという意味で、玉にしておいたのですが、ご指摘がありましたので、弾に変更させて頂きますね。

「鉄砲(銃)に『タマ』をこめる」の「タマ」は「弾」なのですが、「鉄砲『ダマ』」の「タマ」は「鉄砲『玉』」なんですよね。
辞書による「タマ」の同音異義語の区別です。
「玉」=宝石等の様に丸くて美しいもの(宝玉・玉の汗・玉の様な男の子etc)
「弾」=鉄砲や銃等の「弾丸」(実弾・爆弾etc)
「球」=競技用のボール、または電球(卓球・野球・60Wの電球etc)
by 北海道大好き人間 (2008-08-04 12:03) 

モッズパンツ

>>旅爺さん
niceとコメントどうもありがとうございます!
B29の大群に頭上を飛行されたら、威圧感があるというか、本当に怖いですよね。 (;^ω^)b 
米軍はヨーロッパと太平洋の2正面で戦っていたわけですが、本当に国力の差を見せ付けられた格好ですね。米軍の物量作戦には到底かなわないですよね。
(´∀`)ノ

(^ー^)ノシ
by モッズパンツ (2008-08-04 23:49) 

モッズパンツ

>>北海道大好き人間さん

解説どうもありがとうございます。w (^ω^)b 
そちらにあった飛行機工場は、近くの演習場に秘匿飛行場があったからなのですね。本当に終戦間際の空襲ですね。 (;´∀`)ノ

(^ー^)ノシ
by モッズパンツ (2008-08-04 23:53) 

モッズパンツ

>>調布のおじさん
niceどうもありがとうございます!

(^ー^)ノシ
by モッズパンツ (2008-08-04 23:55) 

モッズパンツ

>>noricさん
niceどうもありがとうございます!

(^ー^)ノシ
by モッズパンツ (2008-08-05 22:01) 

Flatoutcool

それにしてもアメリカって
どんだけ戦争好きなんだ!


by Flatoutcool (2008-08-06 01:46) 

Tad

戦争自体がキレイ事じゃないので、無差別攻撃はまあ、どこの国もやったでしょうね。このときの戦争、事実としてアメリカは最初から参戦していたワケではありません。直接的には日本軍による真珠湾攻撃がきっかけです。こういう事実は受け止めなくてはいけませんね。

アメリカを贔屓するつもりはまったくありません。原爆投下などどんなリクツを並べても正当化できるものじゃないです。いろいろな事情から戦争に突き進むことになった日本の事情もある程度は理解できます。が、それでもやはり日本自体が戦争に突き進んだ事実は消えないし、早期の降伏の時期を逸してしまったのもまた事実です。結局泣きをみたのは庶民でしたが、戦争を支持したのもまた庶民でした。

ここ20年くらいの時間で、また勇ましいことを言う人たちが急速に増えて、社会全体も目に見えて右傾化したと思います。左翼思想が非現実的なのと同じように、一見現実論的なように見えるけれども実はとんでもなく胡散臭い右翼の論客が増えています。若者が社会的に充分に報われない今の時代、どうしても勇ましい主張に賛同する人が増えるものです。もしきな臭い事件が起きれば、また戦争の足音が一気に近づくかもしれないと、かなり本気で考えてしまいます(;_; ))(( ;_;)
by Tad (2008-08-06 18:41) 

モッズパンツ

>>Flatoutcoolさん
niceとコメントどうもありがとうございます!
政治的な問題もあるのでしょうが、ヤパーリ軍需産業や経済セクターなど、戦争を行うことによって、利益を得る人達がイパーイいるということも一因かもしれませんね。 (^ω^)b
雇用対策や、更新時期の古い兵器の大量消費、内外に対する兵器のデモンストレーションなど、防衛セクターも様々な思惑がうごめいていますよね。 (;´∀`)ノ

(^ー^)ノシ
by モッズパンツ (2008-08-07 00:03) 

モッズパンツ

>>Tadさん
niceとコメントどうもありがとうございます!
その通りですね。重たいテーマの記事に、勇気のあるコメントをどうもありがとうございます。過去の教訓を生かして、おかしな道にそれない国づくりを行わなければいけませんね。 (^ω^)b
既に、日本の人口の四分の三の人達は、戦争を体験していない世代となっているそうですが、戦争の愚かさや、恐ろしさなど、次の世代に伝えて行かなければいけませんね。 (´∀`)ノ
8月6日は広島原爆の日でした。今回、初めて中国が式典に出席したようですが、未だアメリカとイギリスは出席していないそうです。 (ノ∀`)アチャー

(^ー^)ノシ
by モッズパンツ (2008-08-07 00:05) 

モッズパンツ

>>B-Hさん
niceどうもありがとうございます!

(^ー^)ノシ
by モッズパンツ (2008-08-20 21:09) 

ほにょ

はじめまして。ほにょと申します。
北海道の戦争の歴史を調べていてここにたどり着きました。
資料(情報)として書き映させていただきました。
転載などするつもりはございません。
頂かせて頂きましたことをおことわりします。
勝手ながらありがとうございました<(_ _)>

・・・日本とか、北海道だけが被害者じゃないんですよね・・・
日本も同らい酷いことをしてきたのだと思います。
反省するところがたくさんありますよね・・・・・
by ほにょ (2009-08-11 14:00) 

モッズパンツ

>>ほにょさん
はじめまして。コメントどうもありがとうございます!
父母の体験談以外の、北海道空襲の概要や空襲一覧は、ウィキペディアなどウェブ上の幾つかの資料を元に、裏取りしながら自分なりに編集したものです。w
(^ω^)b 
今日現在トップページの「2009夏・戦争と平和キタ━」に、私のブログの戦争関連記事へのリンクがありますので、もしよろしければそちらもご覧下さいませ。今後ともどうぞヨロシクお願い致します。w (´∀`)ノ

(^ー^)ノシ
by モッズパンツ (2009-08-11 22:59) 

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